大学でいつも黒い服の男に会った。 なんで毎日黒いのか、
と聞いたら、ただ単純に好きだから。 それと赤や白は嫌いだから
着ないと言った。 生まれるべくして生まれたのだ。
「還暦過ぎたらどうするんだ。 赤いちゃんちゃんこが着れないぞ」
「着ないよ」
友人の、将来が確定している坊主候補だ。
四年になってお互い暇になり、休み時間などに呼び出しては
暇つぶしの相手にしている。
漫研の元部長なので、すぐに部室に引き篭もってしまうのが
残念だが、一緒に部室に行く事はない。
俺の性格は普通、他人に不快感を感じさせると気付いて
いないほど鈍感な人間でもない。
(ズザー! ズザー! ズザー!)
「んじゃあ部室行くわ」
坊主がいつものように言い出した。 他に友人のいない俺は
退屈を恐れて「ダメだ」と言うのだが、あまり聞いてはくれない。
(ズバン! ズバン!)
隣の机で激しくうどんをすする男に脇目も振らず、
連れ立って食堂を出た。 部室前まで一緒に行くことに、
毎回なんとなくで決まっている。
仏教学科のある大学らしく、各館には漢音で名前がつけられ、
研究館には常に線香の匂いが漂っている。
部室のあるのは専用棟で、一階の入り口前に備え付けの
ロッカー。 漫研のロッカーをなにやら坊主が確認した。
隣のロッカーは点字サークル『ポッコリ』。
「私書箱みたいなものか?」
「まあねー」
「漫研に手紙なんか来るのか?」
「学祭の通知とか、たまに勧誘のことで大学から」
そんなものらしかった。
扉を開けようとして、前を歩く坊主がいきなり立ち止まった。
ぶつかる直前で避けたが、直後に後退してきた。
食い入るように扉に貼られたポスターを見詰めている。
『生命を考える集い
イラク戦争と民主主義について
4/13 午後12:30 場所:小講堂にて』
二日後にある公開講義のポスターだった。
一般人も無料で受けることができ、年に何度もやっている。
「うわ」とか唸って坊主は固まってしまった。
ポスターを凝視している。 視線を追ってみた。
『講演:佐藤教授 初考:黒い坊主』
今回は俺のゼミの教授が講演するらしく、前座の本人は
俺の隣で驚いていた。 固まっていた。 ライターで炙ろうかと
思い付いたと同時に動きだし、どうやら「一言も聞いていない」
という事を言っていた。 しかし支離滅裂だった。
至急学生課に二人で向かうと、連絡を忘れていたという。
五分程度の原稿を書いておけと言われ、友人は花になった。
学生サロンに腰を落ち着けて、俺は人の不幸を味わった。
蜜の味がした。
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