乙姫は二人いて、実は亀の化身だった
一人は浦島を歓待し、もう一人は、のそのそと旅を始めた
七つの海を泳ぎ渡り 六つの山を登り切った
300年もあれば十分に余裕があった
やがて浦島は帰ると言い出し
乙姫たちは用意していた玉手箱を浦島に手渡した
『絶対に開けてはいけません』
「これはヒマラヤのおいしい空気です」
「開けると空気が散ってしまいます」
亀そのものの、二人目の乙姫に驚いた浦島だったが
不審を抱かず箱を受け取った
流れた時間に気付いた時
浦島は父も母もいない孤独な未来に希望を失い
最後の空気を吸おうと玉手箱を開けた
しかし、ヒマラヤのおいしい空気の代わりに
玉手箱からは煙が立ち昇った
箱の中には煙を吐く発煙筒が入っており
蓋の裏には婚姻届が貼り付いていた
夫の欄には浦島太郎
妻の欄には乙姫(甲)
亀と美女のどちらか分からず釈然としない浦島は
発煙筒を傍らに置いて釣りを始めてしまった
いくら待っても当たりはこない
痺れを切らした浦島は、とうとう発煙筒を振りだした
モクモクけぶる発煙筒が浦島の視界を塞いだとき
海岸線の向こうから竜宮城が浮かび上がってきた
煙吐く発煙筒を口に咥え 婚姻届を腰蓑に挟んで
浦島太郎は竜宮まで泳ぎ切った
扉は音もなく開き 乙姫は再び姿を現す
今度は一人だけだった
久しぶりの竜宮は一回り広くなり
壁には『漢方』の二文字
亀が一匹吊るされていた
漢方で健康に年老いて、浦島は乙姫と幸せに暮らした
発煙筒と乙姫をそばに置き 釣りを続ける浦島は
釣り針に婚姻届を仕掛けておいた
いつの日にか、竜宮が大きな亀と気付くまでは。
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