平野が水没して既に数年。 時速25ノットで走る船に乗り、
今日も大学へと通っていった。 暖かい冬。
雪なんてものは
ここ数年、テレビ流れた北海道の映像でしかない。
水面にマフラーを浮かばせながら、停留所で船を待ち、乗った。
人間は直立しなければ体が衰えると、テレビの健康番組で
散々言われ尽くしたが、こんな状況になってもやはり若者は
歳より連中の小言に対しては反抗したいらしく、道路の隅の
水面で、ただ浮かぶに任せている。
「まるでラッコのようだ。 みっともない!」と古い年代は言うが、
立ち泳ぎは女子高生に評判が悪い。 そうさ、疲れるもんね。
バスは船に変わり、道路ではみんなが立ち泳ぎ。
自動車は
論外だ。 私有のエンジンボートは、法体制が整っていないため
禁止されている。 そのおかげで表面上では犯罪検挙率は驚くほど
上がった。
人間の地の力で最速はクロールだが、今も昔もウマヂカラの
何倍とかに敵うはずがない。
当初、盲人を始めとする身体障害者、老人をどうするかで
福祉関係者の間に争論もあったが、いつの間にか立ち消えに
なってしまった。 皆、地に足が着かない生活を強いられており、
弱者にまで手がまわっていない。
俺の乗った船の上、老人がしかめ面で窓の外を眺めた。
ふと目を遣ると、水面に老婆の顔が浮かんでいた。
浮きの入った杖を手に、浮力に従うその姿で、老婆は楽しそうに
微笑んでいる。
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